信じること

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神様の存在を信じる人が居る 神様は万能らしい じゃぁ何故罪を犯す人を創ったの? 悪魔がそそのかし禁断の林檎を食べさせたから? 悪魔が入り込んだ事も、誘いに乗らない人を創れなかった事も万能でない証拠 でも考えを変えてみる。 神様は人に独立して欲しかったのではないのか? 楽園を追放したのは、神様を頼らないようにするためじゃないのか? 林檎はその口実だったんじゃないのか? 罪を背負わせるためじゃなく、神様を頼らず自分自身で未来を創らせるためだったんじゃないのか? きっと神様は人を信じて地球の未来を人に託したんだと思う だから神様は居ないかも知れない だから神様は信じなくていいと思う 信じるべきは神様が信じてくれた人の力 世界を創った神様が居ると言う 世界を滅ぼす神様が居ると言う 世界を維持する神様が居ると言う 人は何のために居るのだろう? 世界を創らなくていいように 世界を滅ぼさなくていいように 世界を維持しなくていいように そのために人は居るのかも知れない 神を信じることは 人を信じること 人を信じることは 自分を信じ 他人を信じること 人が信じ合うことは 神が信じた人の可能性 神が信じた人たちへ 「自分を信じることから始まる未来。他人を信じて近づく未来。神より信じて下さい、人の可能性を」 綺麗ごと? 戯言? そんな風に思うなら そんな風にしか思えないなら その心こそが神が万能でなく不在の証 その心がある限り、その人の可能性は神を頼る事と等しい 自分を他人を信じられず神を頼ることほど可能性を失うことはない
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