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「あんた、今日はやたら天気がええですで」
朝食を終えた後、洗濯物を干そうと庭に出た美代子はんは、縁側でマルの相手をしている慶治はんに呼び掛けた。
呼ばれた慶治はんは鼻先で猫じゃらしを振られてからかわれているマルを見ている。
空を見ずとも顔に当たるぽかぽかしたお日さんの光でそれはよく分かっていた。
「ほんまやなぁ、昨日まであれだけしつこうに降ってた雨が嘘みたいや。もう梅雨明けかいな」
「そうですなぁ、ありがたいことですわ。これ以上降られたら家の中だけやのうてわたいらにまでカビ生えまっせ」
洗濯籠から慶治はんのパッチを取り出しながらぼやく美代子はん。
「ほら、これかてそんなにしょっちゅう洗えへんかったさかい、なんや匂うてきそう」
親指と人差し指で摘まんで持ち上げ、眉をひそめてみせる。
それを見た慶治はんはマルを膝に抱き上げて知らんぷりを決め込むようである。
「しかしほんまにええ天気ですわ。何ていうかこお、この陽気に任せて当て処なくふらふら出歩きとうなってきまへんか?」
「そないな人ならもう居るみたいやで。さっき新聞見てたら尋ね人の報せが出とった」
そう言いながら慶治はんは大きく口を開けて欠伸を一つ。膝の上で伸びているマルもやはり欠伸をしていた。
「へぇ、どないな人でっしゃろ?」
最後の洗濯物を干し終えた美代子はんは縁側に腰掛け、慶治はんの膝の上からマルを奪い取って自分の膝に置いた。真っ白い前掛けの裾の上で再び長くなるマル。
この際どちらにでも良いから構われたい彼女は人好きのする人気猫なのである。
「わしらとそんなに歳は変わらんそうや。七十五のじいさんやと。三四日ほど前から着替えやらなんやらを鞄に詰めて居らんようなったらしいわ。置き手紙の類もなかったそうやし、携帯電話も持ってないんやと」
「ほぉ……。荷物持って出ていくっちゅうことは、まだ耄碌してないてことですな。頭ふやけてたら身一つで出ていきますやろからなぁ」
「わしもそう思う。問題はどこへ行ったかや。身支度までして居らんようなるんやから近所ではないんとちゃうやろか」
ともすれば汗ばむほどの天気の下、老人二人は腕を組んで各々の考えに没頭していった。
そんな二人をよそに、構ってくれる人間がいなくなったマルは、朝日の照り返すぬかるみの中を一人、もとい一匹颯爽と出掛けていくのであった。
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