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そいつに初めて会ったのは僕が中学三年の時だ。
その年一番の暑い夏の日。蝉の鳴き声は暑さを一層実感させ、雲の白さをより際立たせる青い空にも夏を感じさせられた。
なのに背中には悪寒が走る。地元では注目され騒がれた僕も大会の名前が゛地区″から゛県″に変わると、自分の無力さを痛感させられる。
県大会は初めてではない。三度目だ。だが、スタメンとして出場するのは初めてだった。緊張?いや、違うだろう。それはただ自分のプライドを保つための言い訳にすぎない。最も、緊張という言葉も僕にとっては十分に屈辱的な言葉だ。
何か変だ───。球がいかない。制球が定まらない。
・・・動揺。それが原因だって自分でもわかっていた。だって、二回にこいつに打たれてから何かが狂い始めていたことは明らかだったのだ。
自分では意識していないのに何もかもが崩れてしまった。 二回の先頭打者。一回は三者三振に切ったのだから、つまり四番だ。
自信のあった初球のインハイをいとも簡単にレフトスタンドに運ばれた。軟式であそこまで飛ばされたのは初めてだ。もはや一回が終わった時点で「ちょろい」なんてベンチで言ってたときの自信なんて完全に消え去っていた。
そいつは中三のくせにインコースの打ち方を知っている。しかもホームランできるほどのスイングを持っているからタチが悪い。
肘のたたみかた、腰の回転、手首の返し。全てが頭から離れなくなってしまったのだ。 既に試合は4対0になってしまったが、まだあと三回ある。まだ勝つ余地は残されてる。こいつを打ちとれば立ち直れる───。
そう頭では理解していても、背中には悪寒。
体が怯えてる。僕はどうしたんだ?・・・投げたくない。もしもまた打たれたら、僕の今まで野球にかけていた時間全てが無駄だったと否定されてしまうような気がしてならない。
投げる度に遅いと感じる速球。曲がらない変化球。
──どうしよう。逃げたい。不快な汗が額をつたってマウンドに落ちる。
・・・ダメだ。逃げるな。僕はエースだ。打たれた僕だけ逃げるなんてあまりに無責任だ。
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