信じるということ

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  藤原の死後1ヶ月半。札幌の菱の直系組織、三代目S会の兄貴分から電話が来た。   『商人を正式に三代目S会でもらい受けたい。 しかし、○○会消滅後、いかに宙ぶらりんだったとはいえ、何ら状も処分も出ないまま、初代本部の預かりになってたなら、いまだ現役だろう。   そっちの二代目の執行部で札幌にいる最高幹部のK会長にお伺いを立てるのが筋だ。そうなれば現役のままの移籍は無理だと思う。   なら、せめて商人の去就について、近く正式に伺いを立てるから、そのつもりでいてくれ。』   その一週間後。三代目S会からK会長に対する、俺の去就の伺いがあった。   K会長は『一度、商人に会わせて欲しい』と要望し、対面する運びになった。このK会長こそが今の親分だ。   俺と約6年振りに対面し、今までの経緯を聞いた親分は最初にこう切り出した。   『商人。今まで長い間宙ぶらりんにさせたこと。今回の事。初代執行部に成り代わり、S龍会に成り代わり、長澤に成り代わり謝る。すまなかった。長い間辛い思いをさせたな。』   俺は泣きそうになった。   親分は続けた 『商人、個人的にはお前が恩義を受けたという三代目S会に行かせたいし、お前の気持ちもよく判る。   でもな、組織である以上、現役のままお前をS会に移籍させる訳にはいかない。お前は紛れもなくウチの組織の人間だ。   特別に二週間やる。この二週間のうちにゆっくり考えて自分なりの答えを出せ。   ただ、この二週間に何か問題が起きたら困るだろう。だから、俺がお前をしっかり預かる。何かあっても遠慮するな。ケツは俺が持つ。俺は知らんぷりはしない。   お前のことは初代執行部からの事だ。このことは今の執行部と総長の耳にも入れておく。』   器量が大きな人だった。   三代目S会の兄貴分もまた、『商人、ウチとは親戚付き合いすればいい。度量の大きな人だ。会長に任せれば間違いない』と言ってくれた。   一方、沢村は長澤組の崩壊後、S龍会の残党達と結託し、そのひとりH組長を旗頭にその下から復活を目論んだ。   『俺はヤクザを辞めれない。今までイジメてきた連中に仕返しされるから』 それが沢村の言い分だった。   俺が親分の預かりになった3日後。沢村から電話が来た。  
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