第3章 噴火

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須走口 午後5時12分 牡丹雪のような大粒の灰が絶え間なく降り注いでいた。 愛子は、その光景を放心しきった表情で見つめていた。 ――せめて、死ぬ前に健一の顔を見たかった。眼鏡が似合わず、顔は良いとは言い難い。しかし、日本の、世界の火山をこよなく愛し、自分とかなり気があった。 まあ、自分の一番好きな山で死ねるならそれでいいか……。そう思っていると、爆発音と轟音の間に、微かだが車のエンジン音が聞こえてきた。 ――幻聴かと最初は思った。しかし、その音はだんだん大きく、はっきりと聞こえてきた。 愛子は、ゆっくりと立ち上がって、その音がする方を見た。 一台の車が走ってくる。だんだん近付くにつれ、運転手がはっきりと見えてきた。 ――その運転手は、武田だった。武田は、「愛子ー!無事かー!」と叫びながら、車を運転している。 キッ、と音を立てて車は止まった。勢い良く車のドアが開かれ、中から武田が飛び出す。 「健一!」 大声で、愛子は叫んだ。 「愛子!」 武田もそう叫ぶ。 二人は、抱き合った。そして、何度もキスをした。その時間だけが、噴火の轟音も聞こえなくなった。 愛子は大声で泣いた。目の近くに溜まった火山灰を涙が流し落とす。
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