序章

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   何故この女性はそれ程の灼炎を有し、またそれを平然と操っている? 彼女は創世の時代より存在する『聖霊』なのだろうか? 否、『聖霊』は直接人間を狩ったりはしない。元より、地方によっては『神』とも呼ばれている彼らが、わざわざ人間ごときを狩る理由が判らない。    それでは、何故……?    判らない。判らない。判らない。    困惑する男性をよそに、紅い女性は一枚の紙切れを突き付けた。    顔写真入りの、桁違いな数字が記された紙切れ。    男性にはそれと、それに貼られている写真に見憶えが有った。出来れば、永遠に見たくなかった紙切れである。    貼られている写真は自分の顔。そして紙面の上部に、これみよがしに大きく書かれた二つの文字。    『Wanted』。    『Dead or Alive』。    その紙切れは、世間で手配書と呼ばれる物である。   「デヴィット・バーコウィッツ。七年前に婦女六名を銃殺。以後逃走。その間さらに警官十名を殺害。報奨金は七百万。危険度は『A2』。――間違いないわね?」    まるで歌うように紡がれた問い掛け。その返答は沈黙によってなされた。    女性はそれを『是』と受け取ったか、身に纏う炎で、手配書を文字通り灰に変えた。    同時に、頭上の『偽りの太陽』が激しくうねり出す。   「ああ……」と、男性はそこでようやく一つの答えを導き出した。    一つだけ、思い当たる節が有る。いや、それしか考えられない。    人外の魔法を有しながら、『聖霊』などに属さない、唯一の存在を。    それは『契約者』。    『精霊』と契約し、罪深き者を狩る、欲深き狩人。   「ああ……」と、今度は諦めたように、男性は再び漏らした。    自分も狩られるのか、と。    彼女の『望み』の代価にされるのか、と。    次の瞬間、廃工内は鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、真っ赤な閃光に包まれた。      ……物語の始まりより、少し前の、ある夏の出来事。
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