~ 壱 ~

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 彼は私の家の戸を、たった一度だけ叩いたのです。本当に軽くね。  下手をすると、いえ、大概は風のせいかと思ってしまう程の、小さな小さな音で御座いました。 「はい。どなたか御用でしょうか」 「申し訳ない。同じ寺で学んでいる者だが、この冬だけ、こちらでご厄介にはなれないだろうか。金は必ず工面する」  戸を開けると、確かに、同じ寺で見かけた事のある顔で御座いました。  私は週に三度、近くの寺で文字の読み書き、兵法、剣術、作法なんぞを習いに行っておったのです。  彼の良い噂は、あまり耳にしたことは御座いません。
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