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私はしばらくその場に座り込んでいたが、彼女の首を埋葬するために培養液の中から取り出した。
ベトベトした液は、私の手を伝って服にこびりつく。
私は彼女の首を優しく抱き、玄関の扉を開けた。
外に出たのはずいぶんと久しぶりのような気がする。
……事実、彼女が死んでからは外出していないのだから当たり前だが。
私は、白い白い雪の上を歩く。
太陽が出ていないから薄暗い。
今は、夜なのか、朝なのかもよくわからない。
……しかし、今日がクリスマスという事だけは間違いない。
辺りは恐ろしいほど静まり返り、世界には私しかいないような錯覚さえ覚える。
私は、小さな丘の上で立ち止まった。
もうずいぶんと歩いた気がしたが、振り返って見ると、古ぼけた我が家がポツンと見えた。
私は、彼女をゆっくりと雪の上に置いた。
このまま置いておけば、この白い雪が彼女の姿を隠してくれるだろう……。
私は、彼女の墓標を刻むために小さな小枝をひろった。
彼女の名前を雪の上に刻む………
…………が、私は彼女の名前を刻む事が出来なかった。
私は彼女の名前が思い出せなかった。
なぜた?
どうして思い出せないんだ?
私の……愛しい彼女の名前じゃないか!!私はしばらく彼女の頭の頭を優しく撫でた。
そうすれば、彼女の名前が思い出せる気がしたから。
彼女は、小さな花屋で仕事をしていた。彼女の笑顔は美しく、訪れる人々の心を和ませた。
花屋の店主は、厳めしい顔をした大男で、いつも不機嫌だ。
しかし、彼女にかかれば厳めしい顔も不機嫌そうな態度も、すぐに優しい笑顔へと変わった。
私は、そんな彼女が大好きで、いつもひっそりと木々の影から眺めていた。
そんなある日、いつものようにひっそりと眺めていると、彼女が私に気づいた。
私はすぐさま逃げようとしたが、彼女の優しい笑顔と声に魅せられておずおずと近づいた。
いつも、上から眺めていた彼女と同じ目線になったのは、初めての事だった。
……それからは、毎日彼女に会いに行く日々が続いた。
彼女は優しく私に笑いかけ、私はそんな彼女に照れながら歌を歌った。
彼女は私が歌うと、決まって一本の黄色い花をくれた。
貴方と同じ色、と言いながら。
次第に、彼女は私に色々な話をするようになった。
花屋に来るお客の事、店主の事、そしてお腹の命の事……。
いつも私は聞いているだけだったが、彼女の声を聞いているだけで幸せだった。
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