桜咲く頃に

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 母が死んだ。私が会社に就職してから3年目の春。桜咲き、その儚き短命を終え、木々は新緑に色づこうとする。そんな、暖かくもせわしない季節に、母は死んだ。  母は、桜が好きだった。自宅の庭にそれは見事な桜が咲き、私が幼少の頃から母はまるで、桜は家族の一員であるかのように大切に、大切に育てていた。 それを自慢の種にし、近所は感嘆の声をもらした。私はその桜の下で寝るのが大好きだった。そこに、母の温もりが、優しさが、そしてなにより、母の想いを感じることができた。 そこへ母がひょっこり現れて、私の横に寝そべる。そして二人で他愛もない話でもりあがるのだ。母の昔の恋話や料理のこと、女同士、話す事はつもる程あった。そういう時ほど、あっという間に時間が過ぎていく。まるで……桜の不思議なテリトリーにでも入ったかのように。その時間は不思議と、一瞬の出来事のように過ぎていった。  そのテリトリーは、母自身が持ち合わせていたのかもしれない。母がいるだけで、家は明るかった。
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