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「春はね、いいよ」
ノジオはいつもそう言った。例えそれが暑い八月のプールの中でも、寒さに凍えながら家路につく途中でも、ノジオはいつもそういった。
私はそのたびにへえ、と言った。いかにも驚いた、と言う表情を作って。ノジオは私を覗き込みながら、
「春はねえ、シーツが喜ぶから」
と嬉しそうに言う。
シーツと言うのはノジオの飼っていた猫の名前だった。真っ白くて、そのくせお腹の横だけ茶色い染みみたいな柄がある、太った、年寄りの人懐こい猫。
日の当たるところで伸びている様がね、シーツそっくりなんだよ、さなこちゃんも見においでよ。
ノジオはいつもそういった。私はまたへえ、と頷きながら、それでもノジオの家には絶対行かないと心に決めていた。
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