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僕が近くにいることにはまったく気付いていないようで、その少女は尚歌い続けている。
“歌”というものをはじめて聴いたから、上手いか下手かは分からない。もっとも、上手かったところで何の役に立つというのだろう。
その歌は次第にボリュームを下げ、やがて止まる。
止まったと同時に彼女は両手の指を組み、目を閉じる。口元はやや上がったままだった。
──気味が悪い。
その光景を見た時の率直な感想だった。
憎くて、腹立たしくて、なんでも良いからとにかく何か蹴飛ばしてやりたい気分だった。
気味が悪い。動悸が激しく吐き気もする。目の奥や胸が熱い──
嫌いだ。
この感じがとても嫌でたまらなくて、できることなら一刻も早くこの場から立ち去ってしまいたかった。気味が悪い、気味が悪い、気味が悪い。
けれど、これが僕の仕事なのだ。
あの子に近付くこと。
そして、やるべきことがある。
僕にしかできない、そう言われたし自分も自負している。
今までの奴等同様、仕事に失敗して廃棄される訳にはいかないのだ。
気持ちを落ち着かせて、僕は彼女を見た。いつの間にか目を開けていた少女はやはり僕に気付かず、色のない空をじっと見つめていた。
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