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あんなに躊躇っていたのに、やめてからは至極簡単だった。退部届けを提出した時の自分は少なくとも冷静で、こんな紙切れ一枚に何を考え込んでいたのだろうと馬鹿馬鹿しくなった程だ。あんな物に固執していた自分が、今となっては信じられない。
「本当に良かったの?」
「…良いんだよ、母さんも姉さんも大変なのに一人だけ働かずにはいられない」
自分を覗き込む顔を目線で払い除けると、歌のような伸びのある声と共に小さな体が走り出して自分の行く手を阻んだ。
「…なんだよ」
その行動に一瞬驚いていると、ずいっと小さな顔が入り込んでくる。
「良いって顔、してないから言ってんの」 可愛げのあるいつもの表情から一変して、真剣な顔で見つめられるとどうにもできなくなってしまう。蛇に睨まれた蛙のようだ。
(未練、なんて)
なかった筈だ、少なくとも自分では。
病に倒れた母親の為に、アルバイトで自分自身の身の回りはしようと考えた。姉もそれには嬉しそうにしていたし、母だって喋るのが辛いのにも関わらずありがとうと言ってくれた。これが最後の親孝行だと思ったし、実際このところ記録も一向に伸びる気配がなかった。
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