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「あの時やめとけばよかったんだよ、時期が遅くなっただけ」
奈津の体を優しく押し返し、止まってしまった足を再び動かせた。
「カッコ悪い」
突然聞こえた声に背後を振り返ると、奈津がこちらを鋭い目つきで睨みつけていた。先程までとは違う、怒りを含んだ目だった。
「そんなの逃げてるだけだよ、真弓さんの為でも綾さんの為でもない」
まったく、その通りなのかもしれない。もしかしたら自分は陸上に未練があって、母親が喜んだのだって姉に喜ばれたのだって、ちっとも嬉しくなんてなかったのかもしれない。なんだかそんなことを考え出したらきりがなくなってしまいそうだし、何より今から退部届けを引き下げに駆け出してしまうかもしれない。そんな気がよぎって、律は考えるのをやめた。
「いいんだよ、これで」
未だ自分を睨みつけている奈津を一人廊下に置いて、律はもう一度歩き始めた。このままでは職員室へ行ってしまいそうだったので、先から手に持っていた鞄をぎゅっと握り締めた。切るのを忘れていた伸びた爪が、少し手のひらに食い込んで痛かった。
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