序章

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 この国の言葉で【朔】と呼ばれる新月の夜。  そこはしんと静まり返った街の中で、深い闇が包み込むように辺りに広がっていた。――そう唯一の明かりは空に瞬く小さな星々だけ。  そんな闇の中、まるでその闇を追い払おうとしているかのように煌々と灯りを焚き続けている屋敷があった。  それは木で造られた大きな屋敷。  しかも【寝殿造】と呼ばれるこの国特有のもので、【貴族】と呼ばれる者達だけが住まう事を許された建物である。  その建物は、寝殿と呼ばれる主人が住まう正殿を中心にコの字型に建物は建てられ、正殿の正面奥には池が存在している。  そこは、庭も含めると慣れた者でも迷ってしまいそうな広さを有していた。  その広い屋敷の一廓。【放出】と呼ばれる儀式を行う際使用される部屋に、祭壇のような物が設えられていた。  それは長方形の長い机で、その上にいくつもの皿が並べられている。その皿の中には、米飯が盛られていた。  しかも木で造られたおもちゃのような馬や車並べられ、その供え物に対しいくつもの【御幣】と呼ばれるものも飾られている。  その祭壇の前に一人の男が立っていた。年は三十代前半といったところであろう、均整のとれた精悍な顔立ちをしている。
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