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「武藤君」
彼女は、少し時間を置いてから、おれを呼んだ。
おれはといえば、みっともなく道端にしゃがみこんで頭を抱えている。
それなのに、彼女は同じようにおれに向き合う形でしゃがみこんだ。
まだ、顔は上げられないけれど、それでもうつむいた視線の中に、彼女のしゃがんだ膝が見えた。
「武藤君、……好きな人が、いるんでしょ」
やさしい声だった。
彼女は、そのいたわるような声で核心をつく。
おれはといえば、気を抜けば嗚咽が口から出そうで、黙った。
それでも、好きな人は、いた。
「きれいな人?」
「…」
「かわいい人?」
「…」
「やさしい人?」
「………………バカな、人…」
「…そう。それでも、誰より好きな、人?」
つらいんだ。
すみれさんを想うと。
あの人はひどい人で、おれはいつも痛くて、苦しくて。
泣いても泣いても、物に当たっても、少しも楽にならないほど、つらくて。
だけれど。
おれは、震える声で、小さく小さく、
「…うん」
はじめて声に出して、すみれさんが好きだと、いった。
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