1.皇太子-ラファエル-

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1-1.『風』   四大元素(エレメンツ)の一つ。『真実を認めるための否定』を意味する。  …さわさわ、さわさわ。  あたたかい陽射しに、緑に萌える若葉が揺れる。  さわさわ、さわさわ。  穏やかな、昼下がりの教室。  天界における歴史を教授する老教師の声だけが静かに響き、生徒たちは皆当然の如くその声だけに神経を集中している。  皇太子たるラファエルもまた、その中の一人であった。  …さわさわ、さわさわ。  微風が優しく、緑の若葉を撫でて行く。  -いい風だ。  ラファエルはふっと表情を緩め、窓の外で揺れる緑に目を遣った。  中庭の巨木が誇らしげに拡げる枝々に茂る若葉が陽光を浴び、燦々と輝いて美しい。  -美しいものだな、この世界は…  誇らしさと喜び、憂いと嫌悪。複雑に入り交じった思いが沸き上がろうとした時、視界の端を微かな金色の光が掠めた。  風に揺れる緑の光の中に、黄金色の光が揺れている。  注意深く見ていると、枝の中に座す少女を見つけた。  長い金髪を風に揺らす、美しい少女。  真っ直ぐに前を見つめて、凛とした雰囲気を纏っている…学生だろうか。否、学園内に居る以上、学生であることは恐らく間違いないのだが、授業中たるこの時間に何故…等と考えている間に授業の終わりを告げる鐘が鳴り、我に返ってはっとした。  授業中に他の事柄を考えたり、外の景色に目を遣ったりといったことは今までに一度たりともしたことはなかった…にも関わらず。何をしているのか…と苦笑してはみるものの、やはり彼女のことが気になった。  天界史の時間に中庭の巨木に座していた、美しい少女。再び目を遣ると、もうその姿はなかった。翌日も、その翌日も、何となく気になって目を遣るのだが、まるで幻か何かででもあったかのように少女が姿を現すことはなかった。  そしてまた、天界史の授業が廻ってきた、ある日。  陽光を浴びて輝く新緑の光の中に、彼女がいた。  相変らず真直ぐに前だけを見つめて、美しい金の髪を揺らして。  午前中最後の授業であった天界史を終えるとすぐにラファエルは中庭へと駆け、巨木の緑の中に彼女の姿を探した。  やはり、彼女の姿は既になかった。  -ならば。  心地好い風の吹く中庭の巨木を見上げ、ラファエルは目を細めた。
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