1.皇太子-ラファエル-

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 彼女は忌々しげに言い放ちながらも、無意識のうちに浮かんでいた「それを至上の悦びとしている天使(ヤツ)は多いのではなくて?」と言う台詞まで吐き捨てることは出来なかった。  明らかな暴言-不敬罪に問われても何ら不思議はない程の言葉を面と向かって投げ付けられているにも関わらず、非難も否定もせずに穏やかに微笑む『皇太子(ラファエル)』の姿に何処か心が痛んだのだ。  「…天上王は嫌いよ」  そこまで言ってもなお、青年は微笑むだけだった。  「僕も、嫌いですか?」  この世界を統べる『天上王』でもある父親を『嫌い』の一言できっぱりと否定されても全く動じることなく、顔色一つ変えずに彼はそこにいる。それどころかその表情はあくまで穏やかで、口調は優しい。  「貴方のお名前、教えていただけませんか」  優しい瞳のまま言われ、何故か胸が苦しくなった。  「…ジブリール」  自分でも測りかねる感情を振り払うように、言った。  「階級は、持っていない」 ふい、と顔を背け、  「…じゃ、さよなら」  振り向くことなく言い残した少女はふわりと地へと降り立った。  『逃げた』という自覚だけが残った。  不思議な焦燥、罪悪感。求めていたぬくもりに似た、曇りのない瞳の中に見えた哀しみと痛み。あまりに穏やかで優しい瞳の天使から受けた感情(おもい)は、あたたかい涙となって零れ落ちる。  -何なの、これは。  傷付けたくなかった。傷付けてしまった。  やわらかく微笑っていた。痛くない筈ないのに。  -だから…何なのよ、これは!私は…っ!  はらはら、はらはら。  涙は零れ続けた。風に零れ落ちる花びらのように。  夢中で駆け抜けて辿り着いた先に、薄紅い花弁が降り積もっている。  はらはら、はらはら。  風が吹く度、降り積もる花弁の量が増す。  ゆっくりと舞い落ちるその様は軽やかで優雅にも、楽しげに儚くも、名残を惜しみ悲しんでいるようにも、見える。  「…何故?」  降り積もる花弁に身を埋め、ジブリールは呟いた。  「何で泣かなきゃいけないの?何も悲しくなんかないのに。辛くもないのに。嬉しくも…ない、のに…」  はらはら、はらはら。  涙と花弁だけが、ひたすらに零れる。  「何故…?」  掬いあげた花弁が、指の間から…零れる。  くちびるから零れた溜息は、目の前に落ちてくる薄紅の欠片をくるくると舞わせた。
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