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「いえ、ないです」
俺がそう応えると
「なら、いいか。ちょっと眠たくなってきたし寝さしてもらうな」
と父はシートを倒して寝始めた。
(自由だな。こういうとこは、兄貴そっくり。)
雨の音を聞きながら、俺もシートを倒して寝る。
横には父がいる。
眠れないだろうなと思いながら目をつむる。
バサッ。財布が足下に落ちた。
「財布、落としましたよ」
返事はない。
すっかり寝入っている父。
俺に安心しきった背を見せて。
(そんなに安心した背を見せちゃっていいのか?
幸せそうな寝顔しやがって・・・。こっちは今でも腰が痛いっていうのに・・・。なに、のんきに子供の話なんかしてんだよ、おっさん。おっさんが、起きたら今度こそ怒りをぶつけてやろう!)
どのくらい儲かってるんだろう?
小遣い制だろう、どうせ。
父の生活を覗いてやろうとちょっとした好奇心で財布を開いた。
財布を開くと真っ先に写真が目に入った。
父と、一回りくらい離れている奥さんとまだ小さいチビ2人。
幸せそうな家庭。
俺が手に入れられなかったもの。
発作的に破ろうとした瞬間ーー。
その写真の横に、色あせた写真があった。
そこに写っているのは、
つないでいた父の手をはなれてふるちんで今にも走りだしそうな俺だ。
家族でデパ?トに買物に行った時のこと。
母を待ちくたびれた俺と兄貴を父は子供スペ?スに連れていった。
そこにはビニ?ル性の巨大プ?ルがあった。
俺は水着を持ってもいないのに「泳ぎたい」と言い、
父は俺をすぐさま脱がすとプールへ「行け」とうながした。
日に焼けたごつごつした岩のような父親の手を、小さな手が今にもはなれそうなその瞬間、写真には父親のその手とおれの姿しかうつっていない。
でも、その中の俺は手を離す瞬間まで信頼しきった笑顔を見せている。
その視線の先には、確かに父がいたのだ。
20年ぶりにすべてがつながった。
俺はずっと何も言わずにいなくなった父に怒っていた・・・怒っていたんだ。
喉の奥から変な声となって漏れ出した。
俺の横で父は、豪快ないびきをたてていた。
嫌っていた男の寝顔は、疲れて色黒で歳相応にふけていた。
でも、確かに自分の父親だった。
≪オワリ≫
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