序章~鮮血の蝶は闇夜に舞う~

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 被害者・内藤毅の死因は頭部こめかみを銃で貫かれ、即死。  首に鋭利な刃物で切られた跡がある。殺害後、ナイフか何かで首を切り、その血を絵の具代わりにしてこの蝶の羽を描いたのだろう。首の周囲に絵筆のものと思われる毛が数本落ちている。 「鑑識へ回して」  紗恵は近くにいた同僚に絵筆の毛筆の入った袋を渡す。 「芸術家のつもりかねぇ、奴は」  白髪混じりの髪をかきながら、半ば呆れ気味に言う秋元。 「…指紋や髪の毛は?」 「ない。この分だと今回も奴を特定できないだろうな」 「………っ!」  紗恵の顔が悔しさで歪む。  Kは今頃、自分を捕まえることができない無力な我々警察を嘲り笑っていることだろう。  紗恵の心が活火山のように、怒りのマグマで煮えたぎる。  人を殺して快楽の笑みを浮かべる、その下衆な笑いを自分が、否、我々警察が必ず引きつり笑いに変えてみせる。  そして、罪を償わせる。あの時の、罪を。  紗恵はそう堅く心に誓う。 「小林」 「…はい」 「引き上げるぞ。ここは渋谷警察署に任せ、我々は本庁へ戻って詳しい死因と死亡推定時刻を洗い出す」 「…了解」  紗恵は言葉にできない歯がゆさを胸に抱きながら秋元と共にパトカーに乗り込み、現場を後にするのだった。
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