或る殺人犯の話

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 しかし彼はそれでも、にこり、満足げに笑みを浮かべました。  自分は彼女の役に立てたと。  それから彼はことあるごとに、見知らぬ人に尋ねました。 「誰か殺して欲しい人はいませんか?」  ある者は笑い、ある者は訝しみました。けれど、ある者は冗談混じりに、ある者は憎しみの目を露わにして、  『殺したい人』の名前を呟くのでした。  そして彼らの『殺したい人』は次々と消え去りました。  ある者は『あの女性』と同じようにどこかへ逃げ、ある者は彼と自分の犯した罪に怯え、ある者は―――ほんの一握りの人々ですが(そう信じています)―――心からの感謝を述べました。  彼は感謝の言葉がとても好きでした。  自分の行動が正当化され、感謝されるその瞬間、言いようのない甘美で優しい感情が胸いっぱいに広がるのです。  その甘美なものが欲しくて、彼は殺人を繰り返しました。最早骸と成ったその『ヒト』から流れる赤い液体は、まるでレッドカーペットのようだ、と彼は思いました。  人の役に立つための道へといざなうレッドカーペット。  そう思うと、彼は笑みさえ浮かべるのでした。
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