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「行ったか……」
壁の向こうに遠ざかる足音を聞き、男は小さく息をついて彗の口から左手を外した。
「あの……」
「『銀』が女だったとはな……」
彗の心臓が鳴る。
男は、顔を上げようとした彗の後頭部に手をやり、額を自分の胸に押し付けた。
抱きしめる腕は強く、彗は身動きが出来ない。
「離して……っ」
「礼くらい言ってもいいだろう?」
耳元で囁かれ、心臓が跳ねた。
顔を覆っているのかくぐもって聴こえる声は、若い男のものだった。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
突然目の前の壁が割れ、中に引き込まれたかと思うと、声を上げる間もなく抱きしめられ、口を塞がれた。
壁には痕跡すらなく、今見ても、何処が扉だったのか彗には分からない。
「蒼祥葵は手強い、暫く大人しくしていろ」
「……あなた…誰…何で助けてくれたの……?」
「さぁ……」
小さく笑って腕を解くと、男は暗闇の中へ走り去った。
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