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『夏墟』
かつて、夏の国が都をおいたとされる場所である。
東に大河、北に遠くタイハン山脈をのぞみ、荒涼たる大地を夏草が覆っている。
壮麗だったろう宮城は、その柱の跡を残すのみで、吹き抜ける風の音が寂しく聴こえた。
龍伯と鵬は、船着場近くにある夏墟の城跡に腰を下ろした。
近くの農家で手に入れた握り飯を頬張りながら、草に覆われた景色を見つめる。
鵬は竹筒の水を飲み、顎に流れた雫を袖で拭うと、隣に座る龍伯に無言で差し出した。
船を降りてからずっと黙ったままだった龍伯は、虚を突かれたように顔を上げ、鵬を見る。
「何だ?」
「いや……」
受け取った竹筒を傾け水を飲む。
仰いだ空は蒼く、龍伯はうつむいてばかりいた自分に気づいた。
日が西に傾きかけた頃、龍伯が鵬の名を呼んだ。
「あのな……」
言いかけて口を噤む。
読みかけの書から顔を上げた鵬は龍伯を見、その視線の先を辿る。
南から、近づいて来る人影があった。
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