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次第に大きくなる人影――龍伯はその場に膝をつく。
「奥方……」
(奥方!?)
鵬は目の前に立つ妙齢の女を見た。
美しい黒髪を背中に流し、華奢な肢体に胡服に似た緋色の衣を纏っている。
白磁のような肌、星を宿したように輝く黒い瞳、唇は血を吸ったように鮮やかに赤い。
(若いとは聞いていたが……)
龍伯よりずっと年上の筈だが、鵬には十代の少女にしか見えなかった。
「また私の負けね」
奥方はつまらなそうに言って、龍伯を睨む。
「何があったか存じませんが、早くお戻り下さい」
「紫翠は私がいないと駄目だものね」
「ええ……」
(何だろう……この微妙な空気は……?)
うつむいたままの龍伯を見つめ、奥方は踵を返す。
「月(ユエ)殿」
遠ざかる奥方の背に龍伯が叫んだ。
奥方は目を見張り、龍伯を振り返る。
龍伯は膝を払う。
天を仰ぎ、鵬を見つめ――言った。
「私は皐家を出ます」
奥方はハッと息をのみ、ゆっくりと瞳を伏せる。
「では……翼を得たのですね」
「はい」
迷いなく答える龍伯に、奥方は晴れやかに笑った。
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