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下ろしたままの髪は緩く編み込まれ、飾り気のない簪で留めてある。
匡李は後れ毛を祓い、左頬に触れた。
「痛かったか?」
彗は首を振る。
叩かれた彗より、叩いた匡李の方が痛そうな顔をしていた。
「叩いて悪かった」
「ううん」
悪かったのは自分だ、叩かれて当然の事をした自覚はある。
「あの…………」
「えっと…………」
互いに何を言っていいか分からず、沈黙が落ちる。
「…………取り敢えず、食べよう」
匡李が言って、向かいの椅子に座った。
彗は粥と羮(あつもの)を椀によそい、匡李の前に置く。
これは彗が厨房に頼んだもので、他にも冷菜や豚の角煮、揚げ物、焼き物などの皿がずらりと並んでいる。
二人は無言のまま箸を進めた。
宮廷の料理人が厳選された材料を使い、腕を振るったものだ、美味しくないわけがないのだが…………
(何か、味が分からない…………)
匡李のことばかり気になって、味わうどころではない。彗は茶を啜りながら、向かいの匡李をそっと窺う。
スッと伸びた背筋、羮を口に運ぶ匡李の動作は美しい。それは意識したものではなく、幼い頃に身についた自然なものだ。
そう言えば、礼儀や食事の作法には、母より父の方が厳しかった気がする。
彗は姉の真似をして自然と覚えた感じだが、姉に作法を教えたのは父だった。
礼儀作法はともかく、食事の作法については「綺麗だ」と舜期にも誉められたことがある。
「彗?」
手を止めたままの彗に、匡李が箸を止めた。
「どうした?」
「別に…………」
彗はハッとして視線を落とし、蓮華で粥を掬う。まさか、見とれていたとも言えない。
結局、あまり言葉を交わさないまま食事を終えた。
頃合いを見計らって入ってきた女官が夕餉の皿を引き、別の女官が果物の皿と新しい茶器を並べて出ていく。
「手紙は、出してるのか?」
「え? あ、実家宛の? 出してるよ」
「どんなことを書いてるんだ?」
「え、大したことは書いてないよ。『元気で過ごしてるから心配しないで』とか、藍嬰や朱嬰の事とか…………」
「『煌妃』になった事は、伝えてないのか?」
「『仮の煌妃』になったこと? そんな事、両親が知ったら卒倒する! それに伯夕に知られたら…………一晩中説教されるっ!」
「伯夕?」
「幼馴染みで、姉の婚約者」
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