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「後悔してるのか?」
「どうかな…………」
今となっては言わなくてよかった、とも思う。その事が、伯夕の重荷になるのは嫌だ。
後宮(ここ)に来ることを、彗は唯一、李伯にだけ告げた。
李伯は止めなかった。
彗がそう決断する事を、李伯は知っていた気がする。
「都に来る時、乗ってた舟が襲われたの」
「は?」
「藍嬰と朱嬰も一緒だった。言わなかったっけ?」
「聴いてないっ」
「月の明るい夜だった。矢が飛んできて、船頭だった人が皆を誘導してくれて助かったんだけど…………」
「影」のこと、自分が囮になったことは言わない。
「その時、思った。乗ってたのが姉じゃなく、自分でよかったって」
李伯は予測していたのかもしれない。
狙われたのは姉だったかもしれないと、彗は思う。
後宮に入り、王の寵愛を受けるのを怖れた誰かが指示した。
「誰が」と言えば、心当たりが多すぎて分からないが。
彗達は運よく助かったが、他にも襲われた者はいただろう、死んだ人間も。
だが、そんな些末な事が王にまで伝わる事はない。
王宮とは、そういう場所だ。
「後宮(ここ)が『そういう場所』だって、忘れてた」
長く剣を持たなければ、どうしても感は鈍る。
彗は柔らかくなった掌と、綺麗に手入れされた指先を見つめ、視線を上げた。
「ひとつ、お願いがある」
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