雲瑠璃

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紺碧の空と、白い雲、西国からの渇いた風が吹く雲州の風景ーーーー 雲漢は両親を幼い頃に亡くし、その後、蘭州に住む母方の祖父母に引き取られた。 蘭州は水源豊かな美しい水の都で、夏は避暑地として他州からも人が集まる。それでも幼い頃の心象風景は、雲漢の心の奥深くに刻まれていた。 祖父は多趣味な人で、書画に骨董品集め、歴史書の編纂、「陶芸」もそのひとつだった。 雲漢が興味を持つと、祖父は嬉しそうに土の選び方から教えてくれた。 手で土を捏ね、平たい円を作り、細長い縄状のものを円に沿って積み上げていく。 最初に作った湯呑みは釉薬も塗られていない、重くて不格好な素焼きの物だったが、祖父は亡くなるまで大事にしてくれていた。 釉薬は、粘土を水に溶かしたものに灰や石をすり潰した物等を加えるのだが、そこに含まれる成分やその量によって色が決まる。素焼きの物と比べ、薄くて光沢があり、手触りもつるりとしている。 祖父は釉薬にも詳しく、陶芸を教わりながら、二人で色の出し方の研究もした。遊び感覚の実験は、後に雲漢が「陶芸家」として身を立てる時、大いに役に立つことになる。 大好きだった祖父が亡くなったのは、雲漢が十六歳の時、その後まもなくして祖母も亡くなった。 祖父母の家は長男である伯父夫婦が継いでいたが、隠居していたとは言え、祖父が居ると居ないとでは雲漢の立場も違ってくる。 祖父母はそれなりに資産家で、学費と幾らかの財産、離れの建物を雲漢に残してくれていた。 伯父の妻、つまり義理の伯母は、その事を面白く思わなかったようで、何かにつけて嫌味を言ってくる。 うんざりした雲漢は、蘭州東部にある庵を訪ねた。そこに住む老師は祖父の古い友人で、昔は地方官吏として働いていたという。 「お前が『師』を求めるなら、彼を訪ねなさい」と、祖父が亡くなる前に言われた。 自分達が居なくなれば雲漢が窮屈な思いをするだろうと考えていたのだろう。 師ーーー「由晏(ユアン)」ーーーは、一言で言えば、浮世離れした人物だった。 「何故、自分を訪ねたのか」と問われ、祖父の遺言であることを伝えた。 「そうか…………死んだか…………」と呟く表情は微かな憂いを含んでいた。 旺碇春(オウ.テイシュン)とはそこで知り合った。 名家の子弟でありながら、気さくで真っ直ぐな気性の碇春と雲漢は気が合った。 「青春」と呼べる日々があるとしたら、あの頃だろうと思う。
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