雲瑠璃

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月長宮に着くと、藍嬰は恭しく彗を迎え、有無を言わさず浴室へ連れて行く。彗が浴室に人を入れたがらないため、中にいるのは藍嬰だけだ。 「全く、これ以上鍛えてどうする気?」 帯と上衣を衝立に掛け、纏ったものを全て脱ぐ。木の浴槽に張った湯に浸かると、彗はほっと息を吐いた。 湯に浸かる時、高貴な方々は「浴衣」と呼ばれる薄物を纏う。女官が髪を洗い、肌を糠や薬草の入った袋で磨かれる。彼らは幼い頃から「世話される」事が当たり前の環境で育つため、そういった事に抵抗がないらしい。 だが彗は、肌に張りつく薄物も、他人に髪や肌に触れられるのも真っ平だ。それを承知している藍嬰は、薄物を纏って浴室に入り、煌妃の世話をしている「振り」をしながら、短衣と袴子を洗濯している。 こればかりは他の者に頼めない。 それを終えると、浴槽の縁に座り彗の手を取った。 「傷だらけじゃないですの」 掌は赤くなり、腕にも幾つか痣が出来ている。 「大したことないよ。でも、牙葵の剣が重くて、腕が痺れちゃった」 彗は腕を湯船の中で伸ばす。 「こんなに身体が鈍ってるとは思わなかったわ」 先日、彗を襲った女官は先王の時代から王宮に仕えていた。歳は二十代後半、長く西六宮にいたが、数ヵ月前に東六宮に移った。彗が煌妃となり、悠芽達が東六宮に入って間もない頃だ。その経緯は不可解で、彼女をここに来させたのが誰なのか、結局分からないままだ。彼女は天涯孤独の身で、何故彗を襲ったのかも不明だが、少なくとも彼女の意思ではなかったろう。 事件の後、匡李に頼んで遺体を見せてもらったが、その掌は柔らかく、剣を持つ手ではなかった。明らかに「素人」の手だった。 彗がもっと早く気づいていたら、彼女が死ぬことはなく、牙葵剣を抜かせることもなかったかもしれない。
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