雲瑠璃

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それから数日が経った夜のことだ、寝室で二人きりになると、藍嬰は彗に一通の手紙を差し出した。 宛名はなく、差出人の名前もない。 既に封は切られている。 「彗に宛てたものだと思います」 彗は戸惑いながら、手紙を開いた。 『この手紙を貴女様がお読みになられているということは、私は既に此の世にはいないでしょう。先ずは私の犯した罪について、深くお詫び申し上げます』 「これ…………」 彗は驚きを隠せないまま、藍嬰を見る。 藍嬰は頷いて、続きを読むよう促した。 彗は再び手紙に視線を落とす。 『私にはどうしても叶えたい願いがありました。その願いのために、私は貴女を手を掛けようとしたのです。そんな私が、このような手紙を書くこと自体、馬鹿げた事だと承知しております。けれど一縷の望みにすがる思いで、筆を取りました。どうか、この愚かで憐れな女の最期の願いを叶えては頂けないでしょうかーーーー』 手紙を読み終えると、彗は丁寧に折り畳み、藍嬰を見た。 「これ、どうやって受け取ったの?」 「朱嬰の部屋の扉に挟んであったそうです」 「朱嬰の?」 「差出人も宛名もない、気味が悪いと私の所に持ってきましたの。それで二人で中身を読んだんです」 確かに西六宮であれば、東六宮(ここ)より人の目は少ない。手紙が朱嬰から藍嬰に渡れば、彗に宛てた物だと分かるだろう。 それを藍嬰が彗に見せるかどうかは「賭け」のようなものだが、手紙の主は二人の関係と彗の性格をよく理解していたらしい。 女官には、彗に対する私怨はなかった。 恐らく、最初から本気で彗を殺す気など無かったのだと、今は思う。 「それで、どうしますか? 王か風立殿に…………」 彗は首を振る。 「彼女の頼みを叶えるつもりですか?」 「うん」 彼女の思考は彗には分からない。 けれど、孤独に生きた女の最期の頼みだ、何とか叶えてやりたいと思う。 とは言え、彗は後宮(ここ)から出ることは出来ない。舜期も劉伶もいない今、彗が頼み事を出来る相手は限られていた。
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