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翌早朝、彗は密かに牙葵を室に呼んだ。
「これを…………私がですか?」
「うん。本当は私が行きたいけど、それは無理だろうから」
「当然ですっ」
そう言って、牙葵は複雑な表情で渡された小箱を見つめる。
「本気なのですか?」
「うん。無理にとは言わない。けど、出来れば貴方に頼みたい」
箱の中身は麻紐で括った黒髪が一房、紙に包まれていた。それが彗を襲った女の物だと聴かされ、牙葵は驚きを通り越して、いっそ呆れた。
「貴女に手を掛けようとした女の物ですよ?」
「…………そうだね」
牙葵とは対称的に、彗の表情は穏やかだった。女に対する恨みや嫌悪は欠片もなく、寧ろ哀れみを感じているように見える。
「彼女は天涯孤独で、弔ってくれる人もいない。せめて、彼女の魂が安らかに逝けるように望みを叶えてあげたい…………私の自己満足だけど」
牙葵は暫しの沈黙の後、深いため息と共に「分かりました」と答えた。
「私がいない間の護衛は範(ハン)に頼みます」
範は、蒼祥葵の部下で、牙葵が信頼する武官の一人だ。今、彗のいる「月長宮」の護衛は人員も含め、牙葵が統括している。
「ありがとう。ついでに斎宮に寄ってね、箕子(キシ)様に届けて欲しいものがあるの。王と斎宮には、私から伝えておくわ」
「承知しました」
一礼し、牙葵は退出した。
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