涙の理由

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「これは…………」 藍孔明は瑠璃の器を見て、思わず声を上げた。 蘭州の窯で作られた「雲瑠璃(ユンリウリ)」は、予想以上によい出来だった。手触り、軽さ、発色、何れを取っても申し分ない。 姿を消して久しい雲漢がどれ程の物を作るのか、正直不安があった。 だが目の前に並んだ作品は、期待を越える美しさだった。無造作にも思える指でなぞった曲線や僅かな歪みに、かつての作品にはない深みを感じる。 「孔明様」 顔を上げると、家宰が差し出す茶を受け取る。 老齢と言っていい年齢の男は、孔明の父の代から仕えている。 藍家は珠州を本拠地に置いているが、孔明がここにいるのは一年の半分に満たない。 残りの期間は国中を飛び回るか、西国に行く事もある。それでも若い頃に比べれば落ちついた方で、父が存命の頃は数年家に帰らなかった時期もある。 「よい物ですね」 孔明は驚いて家宰を見た。 彼は目がいい。 それは物に限らず、人でも、土地でも。 父にはあまり商才はなかった。それでも身代を守ってこられたのは、この男が側にいたからだ。 家宰は隣国からの移民で、行き倒れたところを父に助けられたそうで、それに恩義を感じ、父に仕えた。独立を促された時も男は首を振り、父が死ぬまで側から離れることをしなかった。 その父は、「店を頼む。息子が無能なら君が主になれ」と、何かの逸話のような遺言をした、らしい。 (それを孔明は父の残した書簡で知った。) 家宰がそれにどう答えたかは不明だが、父への義理故か孔明を認めてか、今のところ店を乗っ取られてはいない。
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