涙の理由

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「雲瑠璃の売り込み先はお決めに?」 「ん…………まぁな」 「では、人と馬車の手配を」 「頼む。それと此れを箱の隙間に詰めておいてくれ」 孔明から渡された箱を受け取ると、家宰は蓋を開く。微かに笑んで一礼し、箱を手に部屋を辞した。 気配が遠ざかるのを確認すると、孔明は内心ほっと息を吐く。孔明の「策」は、どうやら彼もお気に召したようだ。 (また漸くは、肆の主でいられそうだな…………) 半ば本気で考えながら、孔明は書きかけの書簡に向かった。 話は少し前に遡る。 正体不明の青年が、孔明を訪ねてきた時の事だ。 「雲州は一年を通して気温が低く、雨が少ないため、農作物が育ちません。反面、あるものの宝庫でもある事はあまり知られていません」 「雲瑠璃」だけで雲州を変えるのは無理だと言った孔明にそう切り出し、青年は折り畳まれた薄い紙を差し出す。孔明はそれを受けとると、中を見て目を見張った。 「これは…………」 「薬草が生息している場所を記した地図です」 「驚いたな…………」 その地図は驚くほど細かく正確だった。 「薬草の採取や栽培は女性や子供でも出来る仕事です。それを買い取って、薬として売り出せば、かなりの利益が見込めます」 雲州に薬草が多く生息していることは孔明も知っている。青年が提案した案も、実は以前から考えていた事のひとつだ。実際に薬草の生息地を調べてみたこともある。 だから先程の地図が正確な物であることも分かる。 ただし、生薬は「薬」にも「毒」にもなりうるものだ。安全に売れる物をつくるには時間がかかる。 孔明がそう言えば、青年は「もうひとつ見せたいものがある」と言った。 「王宮の記録を持ち出したとでも?」 「さすがにそれは…………」 青年は苦笑し、懐から一冊の本を取り出した。 「ある人物が、五十年かけて研究されたものです」 差し出された本はかなり分厚い。 孔明は本を手に取り、ぱらぱらと捲る。読み進めるうちに、その表情が驚きに染まっていく。 「これを……書いた人物の名を教えて頂けますか?」 「鵬翼亮(ホウ.ヨクリョウ)殿です」 「鵬……王宮大師のっ!?」 青年は無言で頷いた。
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