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雲州城は雲州の東、龍州に近い位置にある。
本来なら馬車に乗り、それなりの数の護衛と共に数日かけて移動するのだが、今回は速度を重視し、馬で向かうことになった。
「武官をつける」と言った周の申し出を、奏劉は断った。
「なるべく目立ちたくない」というのが主な理由だが、「護衛の中に『雀』が紛れ込む可能性がある」と言われた時は、さすがの周もムッとした(『雀』は密偵を指す隠語だ)。
しかし、可能性は零(ゼロ)ではない。実際、人の心の中など本人にしか分からないのだから。
「私が怪しいと思われるなら、今、この場で切り捨てて下さい」と冷静な表情で言われ、周は渋面のまま奏劉の案を呑んだ。
早朝、二人は雲州城へ向かい出発した。
冬の雲州は風が強く乾燥しているため、寒さが何倍にも感じられる。雪がないのが救いだが、遮るもののない草原を行くのはなかなかの辛さである。
驚いたのは、奏劉が旅なれていることだ。
遊季は旅に出る前日、旅装と荷物を点検され、駄目だしされた。
「こんな格好で行ったら、野盗に身ぐるみ剥がされるか、凍死しますよ? 荷物も多過ぎる、馬に負担がかかります」
と荷物は三分の一に減らされ、携帯用の食糧、竹筒、皮袋、炭、足に巻く布、短剣、麻縄、蝋燭、塩など、足りない物を詰められた。
綿の下着を重ねて身につけ、空気が入らないよう、袖口と(*)袴子(クーズ)の裾に布を巻く。馬に乗るため、長い上衣は適さない。綿入りの短い上衣に外套を羽織り、(*)風帽が飛ばないよう首から鼻まで隠れるよう布をぐるぐる巻きにする。
「最低でも、此くらいの装備は必要です。遊殿は旅に慣れておられないでしょうから、温石を幾つか仕込んでおくことをおすすめします」
そう言って、奏劉は部屋を出ていった。
奏劉の助言は正しかった。
言われた通り(*)温石(おんじゃく)を四つも仕込んできたが、既に凍えそうだ。
(*)袴子…………ズボン
(*)風帽…………フード
(*)温石…………温めた石を布などで包み、懐などに入れて暖をとったもの
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