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「そう言えば、少し気になる噂を聴きましたの」 朝餉の後、二人きりで茶を飲むのは何時もの事で、女官達は心得たように器を片づけ、既に退室している。 茶杯を卓に置き、彗が頷くのを見て藍嬰は口を開いた。 後宮と言う場所は、どこに目や耳があるか分からない。彗は気配に敏感で、聞き耳を立てている人間がいれば分かるらしい。 実際、過去に二度ほど彗は藍嬰の言葉を遮った事がある。後で確認すると、扉の前で怪しげな動きをしていた女官がいた。 彗につける女官は風立が厳選し藍嬰が確認をしているが、それでも全てを防ぐことは出来ない。彗の能力は後宮において非常に有用だった。 「噂?」 「『青軍』が姿を消した話は覚えてますでしょう?」 「うん」 雲州の若者を中心とした反乱軍は、雲州で 貴族の蔵を襲い、貧しい民に食料を配った。その後遼州と犀州で目撃されたが、突然姿を消し、消息が掴めない。恐らく目立つ馬は手放したのだろうと見られている。 「その青軍が、龍州に入ったかもしれないと」 「え…………」 彗は目を見張る。 「まだ『噂』ですけど、可能性は高いと思いますわ」 「何故、そう思うの?」 「彼等の最終的な目的は、何だと思いますか?」 「目的…………?」 「貴族の蔵を襲ったり、北方の州を混乱させるだけなら、馬を手放す必要はないわ」 北の州境の警備は緩い。 そもそも、州の境目は曖昧な場所もあり、その全てを監視するのは不可能だ。蘭洲は例外としても、雲州、犀州、遼州は、馬のまま行き来するのもそう難しい事ではない。 「雲州は長く見捨てられた地でした。悪吏や貴族達は、あの地から得られる利を搾れるだけ搾り取り、飢えて行き場のない民に手を差し伸べることもしなかった。彼等の憎しみは深いでしょう」 「そうだね…………」 「その憎しみは見て見ぬ振りをした『国』や『王』にも向いている筈です」 「…………」 「彼等は麗江で反乱を起こすつもりなの、だと思いますわ」 「えっ……でも、麗江に入るのは…………」 藍嬰は頷く。 「ええ、だから馬を捨てたのですわ」 王都である麗江に入るには、厳しい検閲がある。 どのみち、麗江で馬を乗り回す事は出来ない。王都の軍とまともに戦っても一蹴されるだろう。彼等は身を隠し、奇襲や攪乱(かくらん)を狙うしかない。 「麗江の検閲をすり抜ける方法が、ひとつだけありますわ」 「え?」 「商人を装うんです」
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