涙の理由

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「霹殿」 「翊(ヨク)か」 後ろから名を呼ばれ、霹は足を止めた。 新参者の多い雲州官吏の中で、翊は古参と言っていい。ややぽっちゃりとした体型のせいか、幼く見える顔にいつもの笑顔はなく、その表情は暗く沈んでいる。 そう言えば、翊も遊季が倒れた際に現場にいた一人だった。 「軍に用事か?」 「はい、州牧の使いで…………あのっ」 「ん?」 「奏劉殿の様子は……」 「茫然自失といったところか…………自分が入れた茶で補佐が倒れたのだからな」 「……靂殿は、奏劉殿が毒を入れたとお思いですか?」 「事実だけ見ればそうだな、故意かそうでないかは分からないが……お前は、何か気づいたことはないか?」 「いえ」と呟いて、翊は霹に背を向けた。 翌日になっても、遊季の意識は戻らなかった。面会謝絶で、医者以外は室内に入ることは出来ない。 青蒸は何時も通り淡々と業務をこなしているが、遊季の不在でかかる負担は倍になっている。毒の出処は未だ不明で、城内の空気は重く沈んでいた。 青蒸が劉伶と顔を合わせたのは、その日の夜のことだ。 護衛を外に残し、靂だけを連れて部屋に入る。手枷をつけられた劉伶は立てた膝に顔を伏せ、寝台に座っていた。 「奏劉」 青蒸の呼び掛けに、劉伶はゆるゆると顔を上げる。髪は乱れ、目の下にはうっすらと隈が出来ていた。 「……寝てないのか?」 「遊補佐は?」 「まだ意識は戻っていない」 「そう……ですか……」 拘束する際、持っていた武器は全て取り上げた。髪を纏める笄(こうがい)も。 手にも足にも枷をつけている。 州牧を襲うことはないだろうが、靂は帯剣の柄から手を離すことはなしない。 青蒸は机の前にあった椅子を引寄せ、寝台の側に腰をおろす。 「遊季が倒れたとき、部屋にいたのはこの五人か?」 事件の詳細が書かれた紙に視線を落とし、劉伶は頷く。 「朝、茶を入れたのも俺です」 「…………」 青蒸は何かを考えるように目を伏せ、それから口を開いた。 「お前の疑いはまだ晴れていない。悪いが、牢に移ってもらう」 「州牧っ……」 靂が思わず声を上げる。 「見張りに人員を裂いてる余裕はないだろう? いいな奏劉」 劉伶は黙って頷いた。
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