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「まだ、痛みますか?」
その気遣わしげな声に応える声はなかった。
「貴方様は、月が満ちるごと、欠けるごとにお辛そうな表情をなさいます」
その透明な、美しい声に応える声は無い。
満ちた月の光が何処か寒々しく、静寂を際立たせる。
その静寂を遮ったのは声ではなく衣摺れの音だった。
月明かりを映して光る肌。
ゆっくりと、月を見上げ続ける男。
未だ声の主に一瞥をさえくれない男に、女はゆっくりと近付く。
その手は、男に触れる事はなかった。
ただ、その手は深紅にまみれ、その肌は男の肉に埋もれた。
引き抜かれる刀身。
先程迄月明かりを宿していたその肌は血に汚れ、光る事は無かった。
ようやく開いた男の唇から溢れたのは声ではなく血であった。
男の上等な衣がみるみる紅く染まって行く。
先程の透明な声が、独白を続ける。
「貴方様が彼の方を失ったように、私も貴方を失いました。
世界を異にし、心を同じくする事と、世界を同じくし、心を異にする事。
どちらが幸せなのでしょうございましょうか?」
血にまみれた刃と、愛した男を捨て呟く。
「不死の薬を飲んでおられれば、このような場所で朽ちる事も無かったでしょうに、いつの日か、彼の方に巡り逢う日もありましたでしょうに」
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