その一

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「見てしもたもんはしゃあないから、忘れろとは言わんけど、心に閉まっといて欲しいなぁ」 なんや、分からんけど、卑怯な言い方やなぁ、おもた。 せやから。 「……聞いてもえぇ?」 先生は苦笑いした。 「若いもんは好奇心旺盛やねぇ。えぇよ。なんや」 「なんで男の人やねん」 「そら、男の人が好きやから」 簡潔に言われて、戸惑った。 そんな直球に! 「気付いたらなぁ、お前が女の子見てムラムラ~、すんのが、先生は男やったん」 「……真性なんや……」 「はは、気持ち悪いか?」 先生は、いとも簡単に答え難いことを聞いてくる。 オレは軽く硬直して、首を振った。 趣味が違うのとおんなじやと思ったんや。 あれや、好みが違う。それだけ。 「…樋口はえぇ子やねぇ」 「嘘ちゃう」 「分かっとる」 ふと、先生の空気が柔らこうなったんが分かった。 無意識に緊張しとったらしい。 そらそうや、カミングアウトは怖い。 気持ち悪い言われたこともあるんやろう。 「…先生、かっこえぇね」 「なんやねん、藪から棒に」 「怖いことでも、ちゃんとぶつかるやん」 先生の形のいい眉がよった。
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