Chapter.1 博士の記憶

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 私が物怖じしているのは、ひとえに家族と離れ離れになるのが心配だったからだ。家族に万が一のことがあった時、すぐに駆けつけてやれないのはいささか不憫というものだ。  私は考える時間をもらうことにした。まさか向こうもすぐに返事がもらえるとは思っていなかったのだろう、連絡先だけを渡してすぐに引き下がった。 「私は行った方がいいと思う。せっかく偉い人からお誘いが来たんだし、行かなくちゃ失礼じゃない。それに、それがあなたの夢なんでしょう?」  私がことを説明すると、妻はそう答えてくれた。こういう時に落ち着いて相談できる相手というのは、やはり貴重な存在だ。  しかし私は、テーブル越しに妻に反論した。これはそんなに軽く決められるような問題ではないのだ。あらゆる可能性を考慮しておくべきだと思った。  ところが妻には、そのような考えは一切ないようだった。 「あなたは考え過ぎなのよ。安心して行ってきていいわ」  彼女はそう言って、私をからかうように笑った。
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