「穏やかな日」

13/13
331人が本棚に入れています
本棚に追加
/157ページ
それは周りのビルにも負けないくらい高く聳え立っていた。 実際瑠衣がここに足を運ぶのはこれが2度目で、入学式に使って以来それっきりだった。そして入り口にその者はいた。 「ぼくからのラブレターは気に入ってくれたかな」 知らない少年だった。同じ制服を着ていることからここの生徒である事がわかった。髪は脱色したかのように真っ白で、印象づけるのがすべてを見透かしているかのような赤い瞳。 「……君は?」 「ぼくは桜井聡一(さくらいそういち)。君と同じここの一年生さ。深海瑠衣君」 「それで、何か用?」 この際、なぜ自分の名前を知っているかなどどうでもよかった。 「つれないなあ、折角自己紹介してるのに。……まあいいさ」 その白髪の少年はニヤリと笑った。 「―――始まるよ。これからゆっくり楽しもうじゃないか」 「え?」 背筋が凍りつくような感じがした。不意に後ろから別の声が聞こえてきた。 「お~いる~い、一緒に帰らない?」 そこには今から帰宅であろう凛が立っていた。 「そういえば、明日は彼女たちと出かけるそうじゃないか……ククク、せいぜい気をつけるんだね」 「おい、ちょっとま…」 振り返るとそこに聡一の姿はなかった。まるでそこは何もなかったかのようにがらんと静まり返っていた。 「なにぼ~っと突っ立ってるのよ」 「あ、ああ。今行くよ」 彼女の声に押されるように瑠衣はその場を立ち去った。 楽しい日常は瞬く間に過ぎてゆく、変わりゆく時間を急かすかのように――。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!