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教授からの支配から逃れるために、他の大学に移ることも考えた。
近年は減ってきたが、過去にはそういう話も何度かあった。
それでも、いつも途中で教授に握りつぶされる。
そして、ウチの研究室から毎年輩出される若手が、俺の代わりに他の大学へと行く。
「別に堅苦しく考える必要はなかろう。とはいえ、娘を軽んじられても困るが――、食事の日程が決まれば、また連絡する」
これ以上の反論は受け付けないと言わんばかりに、ソファーから立ち上がる。
それは命令。
けっして逆らうことのできない命令。
この男は、ただの上司じゃない。
俺はこの男の犯罪の片棒を担がされている。
そして、俺がけっして裏切らないように『結婚』という枷をはめるつもりなのだ。
そんな心配など必要無いのに。
そんなステージはとうに過ぎてしまった。
教授の罪の発覚は、俺の自滅に直結している。
一蓮托生、まさにそんな言葉しか出てこない。
もう俺には、自由になる選択肢なんて残されていない。
抵抗する意志を持たない咎人に、手枷足枷なんて必要ないのだ。
「喜んで――」
――もう逃げ出せない。
抵抗は疑心暗鬼を生み、更なる束縛と拘束にしか繋がらない。
抵抗すればするだけ、俺の自由は失われ、精神が疲弊していくだけなのだ。
そのときの俺は、最早、あらゆることに疲れ果ててしまっていた。
◇◇◇
なぁ――彩?
彩にはイイ女になれなんて言っておきながら、俺はおまえと離れている間にどんどんとつまらない大人になっていくんだ。
オマエにだけは、こんな俺を見られたくない。
「まぁいい。その返事に免じて今日の無礼な態度は不問に付そう。君が不器用な男だということくらいよくわかっているが、くれぐれも娘の前では愛想よくしていてくれよ」
服従の意思表示に安堵したのか、眉間の皺は幾分緩んだように見える。
ギラギラとした残忍な眼差しは消えなかったけれど。
「はい。承知いたしました」
もういい。
俺は、『俺』を諦めた。
「あぁ、そうだ。桧山君はアヤ・オノダと知り合いなのか?」
用件も伝え終えて、ようやく立ち去るかと思われた教授が、急に思い出したかのように振り返った。
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