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俺の気持ちを知りながら、よくもそんな台詞を吐けるものだと思う。
「俺は、唯に子供を産ませてやりたいんだ。それは、演奏家としての幅を広げることにもなるし、女としての幸せもあげたい」
ピアノが全ての唯と、そんな唯のことしか考えない裕人。
子供は道具なんかじゃないし、玩具でもない。
それでもこんな家庭に産まれてしまう子供が、少なくとも一人は唯の腹の中に居る以上、放っておくわけにはいかない。
「しょーがねーな。お前らのためじゃなくて、その子供のために引き受けてやるよ。その代わり、高いベビーシッター料を覚悟しておけよ」
半ば脅迫されて引き受けたに等しかったが、それでも3月の上旬に産まれてきた子供を見た瞬間に、想いは変わった。
誰かの庇護無しには生きていけないこの小さな命を、全力で護ってやりたい、と。
――世界を敵に回すとしても、この娘(こ)の味方で居よう、と。
それは紛れもない親の心境だった。
4月になり、無事暇な大学生となった俺は、文字通り、際限の無い愛情を彩へと注いだ。
おしめを換えたのも俺。
離乳食を作ってやったのも俺。
初めて歩いた瞬間にも立ち会ったのも俺だった。
初めてしゃべった言葉は「パパ」でも「ママ」でもなく、「あーちゃ」で――、それは「あきちゃん」だったのだろうと、俺は今でも信じている。
それを報告した途端に、悔しがる裕人を見て、ざまーみろ、と溜飲が少しだけ下がったのを覚えている。
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