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あーちゃ、から「あきちゃん」へと変わる頃には、彩は幼い頃の唯の面影そのままの女の子となっていて、ほんの少しだけ、切なくなった。
あきちゃん、あきちゃんと俺に笑いかけるその笑顔も、いずれ誰かに奪われる日が来るのかと思えば、殊更彩を可愛がった。
それはもう父親の心境そのもので、裕人からは「父親は俺だ!」と謂れの無い非難を受けたものだ。
そんな風に続いていくんだろうと思っていた平穏な毎日は、ある日いきなり終わってしまうことになった。
街中が赤と緑に彩られて浮かれるその季節に、突然、裕人と唯が仕事の拠点をNYに移すと言い出した。
――当然のことだけれど、彩はそれについていくことになり、擬似親子の日々は、呆気なく終わってしまった。
おしめまで換えた身としては一抹の寂しさは拭えないものの、一生逢えないわけじゃない。
こちらが嫌だと叫んだところで、唯と裕人との腐れ縁は一生続くのだから。
それよりも、俺が居なくなった後のあの家族の姿を思えば――、少しばかり胸は痛む。
ピアノにしか興味の無い唯。
そんな唯しか愛せない裕人。
歪まないといい。
あの娘の笑顔が曇らないといい。
唯に抱かれて出国ゲートを潜っていく彩の後姿に、俺はそんなことしか願えなかった。
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