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少し長めの風呂からあがると、彩はクリスティーナで眠っていた。
――待ってろって言ったのに。
まあ、飛行機の中ではロクに寝られなかったとも言っていたからな。
――仕方ない。
ふぅ、と溜息をひとつ吐くと、洗面台に踵を返す。
髪を乾かし、ローションで乾いた肌に水分を補う。
再びリビングへと戻ると、あの頃のままの無邪気な寝顔で笑っていた。
――夢の中でくらい、笑っててくれよ。
今日一日でどれだけ彩を泣かせたんだろう。
確かに笑顔もあったけれど、圧倒的に彩の涙ばかり見ていたような気がする。
さらさらの髪をそっと撫でる。
そして、彩の頬に新たな涙の筋が出来ていることにも気付く。
それをそっと辿れば、彩が僅かに身を捩じらせる。
――起こすのも可哀相、だな。
彩の膝裏と背中を抱えて――所謂『お姫様抱っこ』という奴で彩を新品のベッドへと連れて行く。
彩には、明日聞くことにしよう。
――別に、焦る必要は無い。
彩は、逃げないんだから。
確かに、何を知っているのか不安ではあるけれど、良い夢を見ているであろう彩を叩き起こしてまで聞く程、焦ってはいないつもりだ。
セミダブルのそれに彩をそっと横たえると、僅かに彩が身じろいだ。
「……ぁ、きちゃ……」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、彩が俺を呼ぶ。
「ん?」
「……だぁいすき」
起きているのかとも思ったが、むにゃむにゃと言葉にならない言葉を続ける彩は、きっと夢の中だ。
「――俺も、大好き、だよ」
彩とは違う意味でだけど。
額にかかる前髪をかき分け、そこに触れるだけのキスを落とす。
これも、毎晩の習慣だったな。
――さーて、俺も寝るか。
そう思って立ち去ろうとするが、彩の手はぎゅっと俺のTシャツを握り締めていた。
――こんなところまで昔のままかよ。
仕方ない。
彩をもう一度抱き上げ、壁側に寄せる。
俺のベッドに連れて行ってもよかったけれど、それを常態化させてしまうわけにはいかない。
彩の添い寝も、12年振り、か。
いつもの寝室とは違う天井。
隣には彩が居て、腕には彩の心地よい重みがある。
――見慣れねーな。
でも、それも悪くない。
こうして、俺の長い長い1日は終わりを告げた。
そして、俺たちの短い1年間は始まっていったんだ。
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