始まりの福音

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――12年後 俺は、教授から請われるまま研究室に残り、今では准教授という立場になっていた。 准教授たちの中では若造でしかないが、それでも毎年入れ替わる学生たちに比べれば、34の俺は十分にいいトシしたオッサンだ。 オスばっかりの研究室で20代を過ごし、特定の女の居ない生活を送っていた分、本当に只のオッサンになってしまった。 学生たちからワイロのようにもらっていたバレンタインチョコレートも年々減っていく。 お遊びのような年中行事に一喜一憂するわけではないが、このまま男としても枯れていくのかと思えば、一抹の不安が無いわけでもない。 「桧山くん。少しいいかね?」 俺に割り当てられた部屋にノックもせずに入ってきたのは村井教授だ。 世間的にはコンピューターセキュリティの権威だとされている。 個人情報の保護が声高に叫ばれたり、サイバーテロが現実の事件として起きたりするこのご時世、メディアへの露出も多い。 派手なことと名誉が好きで、更に上昇志向を隠そうともしない彼の性質はメディアに向いていたのだろう。 一躍メディアの寵児となった。 学者としては二流だが、その知名度は抜群で、次の学部長、更には数年後の学長の最有力候補だという声も多い。 「はい、なんでしょうか」 俺は、自他共に認める草食男子なんだ。 いや、もう男子って年齢でもないことくらい承知してるんだけど――。 そして彼はまさしく獰猛な百獣の王であり、教授と俺の関係をシンプルに表すのなら、捕食者と被食者、となる。 つまりは何が言いたいのかといえば、元々彼のような人間は『苦手』なのだ。
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