ド(低い音)

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 夕暮れの町は何処か陰鬱としている。  すれ違う中年男性の疲れ切った顔と溜め息、早い時間帯から酒を呑んでいるのか千鳥足で歩く恰幅のいい老人、下校中の学生はわいわいと騒ぎながらも友人との別れ難い空気を放っている。  その何れもが憂鬱さを醸し出していた。そして私の日頃からどうしようもなく沈んだ気持ちを、更に地の底へ埋め込むかの様に働いた。  私は駅から自宅に向かう為の僅かな帰路を、とぼとぼと肩を落として歩いた。  冬の気配を見せ始めた町の夕暮れは早く、ついこの間までは新緑の葉をさわつかせながら木陰を作っていた木々も、色褪せた葉を薄暗がりの空に並べるだけである。電灯が点き始めるのも、こころなしか早まった気さえする。  果たして私はこのままでいいのだろうか。  そんな疑問が頭に浮かぶ。  もちろん、そんな事を悩んでいるわけではない。平凡な日々を送り、平凡な人々に囲まれ、僅かながら名の知れた大学に通わせて貰って、このままでいいかも無いものである。  ただ、私の中には言葉に出来ない焦りがあった。何と言うわけではない。本当にただ、焦燥感とでも言う以外に表し様のない、誰にでもあるであろう漠然としたものである。  それが最近夕暮れになると、酷く強くなる。ある種の鬱かと思えばそうではないらしいし、かと言って原因が思い浮かぶわけでもない。  ただ夕暮れが近づき、一層冷たさの増した風が吹き、葉のざわめきが耳障りな程になり、町中に陰鬱な空気が満ちると、私は得体の知れない焦燥感の中に押し込まれてしまう。
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