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「それで、たぶん一番君が聞きたい話だろうが、何でこの町にいるかって理由だが」
陣はそう言うと、一旦言葉を切って溜め息を吐いた。翼は、自分の時にも大分言いづらそうだったなと思い出して、苦笑いを浮かべながら紅茶を注いでいた。
「君は、死んでる」
陣がそう告げると、幸は最初、呆然とした表情をしていたが、その内、不意に吹き出すと、
「ふざけないで下さいよ。それなら今ここにいる私は何なんですか。この町は天国だとでも言うんですか」
笑っている幸をよそに、陣は真面目な顔で彼女を見つめていた。そんな視線を受けて、幸も段々と笑いが小さくなり、結局は黙ってしまった。
「君が信じられないのも分かる。きっとこの町にも、これだけはいまだに信じてない奴もいるだろうし」陣は、そう話を続けながらも、真剣な眼差しを崩さなかった。「だが、事実だ。君は死んでる。子供ながらにして死んだ。この町にいる連中、俺も含めて皆そうだ。全員、死んでる。君は赤ん坊じゃないから、産まれて直ぐってわけじゃないんだろう。だったら記憶があるはずだ。思い出してくれないか、最後の記憶を。病院にいたのか、車が迫って来ているのか、それとも刃物を持った奴でも見えるのかは知らないが、少なくともそういった光景のはずだ」
陣がそう言い切ると、幸は少しだけ肩を震わした。どうやら思い当たる節でもあったのだろう。色白の顔を青ざめさせながら、下を俯いてしまった。
翼は注ぎ終えたコップ三つを何とか片手に持ち、もう一方の手にはキッチンの下にあったスナック菓子の袋を三つ抱えて、二人が座るテーブルにそれを置いた。
「つまりは、ここはそんな子供たちが、大人として甦るチャンスを与えられた場所なんだよ」
陣はそう言って、翼が置いた紅茶を一口啜ると、不味いと一言言い放った。
「お前なあ、こんな濃い紅茶、どうやったら淹れられるんだよ。俺がもう一回淹れ直す」
そう言って三人分のコップを回収すると、さっさとキッチンに行って、一から紅茶を淹れ始めた。
翼はその背中に、何が違うんだよと不満な視線を送った後で、幸に視線をやった。幸はズボンの膝元を固く握りしめながら、まだ現実を受け入れ兼ねている瞳で、呆然と椅子に座っていた。
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