一章

3/6
313人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
 少年は、町の中でも南の外れにある小屋の中にいた。アパートではない建物はこの町唯一で、塗炭屋根に木造の壁、周りは小高いアパートに囲まれ、南側には鬱蒼と繁る森がある。つまりは酷く日当たりの悪い、この町で最低の小屋だった。  少年は昼間でも薄暗いそんな小屋で、木造の背の高い三脚椅子に腰掛けながら、その小屋の主がヤカンで湯を沸かしているの待って、する事も無く小屋の中を見ていた。  建物の作りも雑なら、内装は一層簡素であった。六畳程度の一室の中央には、木造の丸テーブルと二つの三脚椅子が添えられていて、東側には壁一面に棚があり、その中に食器やら本やらが乱雑に入れられていた。北側には少年が入ってきた扉があり、その横には水が一杯に入ったバケツが一つ。窓は南と西に小さな物が一つずつあり、少年の座る真正面には、テーブル越しに南の窓から深い森が見え、西の窓の下には申し訳程度のキッチンが付いている。小屋の主はそこで、先程少年が持ってきたバケツの水を、鼻歌混じりに沸かしていた。  「なあ」少年は主の方を見て、間延びした声で尋ねた。「その歌、何?」  すると主は鼻歌を止め、頭だけを少年の方に振り向かすと、これはな、と随分勿体振った言い方で、  「これは、クリスマスの歌だ。真っ赤なお鼻のトナカイさん、って言ってな。まあ、お前らは知らんだろうけど」  主はそう言って元の向きに戻ると、火を止めてキッチンの下にしゃがみながら、  「なあ、悪いんだが棚からコップを二つ取ってくれ。綺麗なやつでな」 と、言った。  少年は背の高い椅子から飛び降りる様に立ち上がると、左にある棚から適当にコップを二つ選び、キッチンに向かった。  その間に主は、キッチンの下から紅茶の葉が入った丸缶を取り出して、その葉を煮立ったヤカンに放り込んでいた。  「真っ赤なお鼻のトナカイさん、って何だよ」  少年はコップをキッチンに置きながら、主の顔を覗き込む様に見て尋ねた。  主は黒い髭の生えた顎を左手の義手で擦りながら、うーんっと困った様に唸った。  「翼に言うと怒りそうで嫌なんだが……あっちの、大人のいる国の歌だ」  翼と呼ばれた少年は、主の大人のいる国という言葉を聞いて、やめとけば良かったと後悔した。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!