洗礼者ヨハネ

2/3
57人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
地には闇があり、天には光があった。人は暗闇に怯え、空を見上げた。闇に入る地上において、光がひとつだけ輝いている。光は命であり、輝きは始源より四隅に及ぶ。荒野に呼ばわる声する。ある者には平安を妨げる罵声であり、ある者には希望を告げる天の声であった。 ヨハネ‥洗礼を施し、福音を告げる者。ある者はエリヤと呼び。ある者は悪霊と呼んだ。 太陽は西に沈みつつあるが、人の行列は尽きることはない。人々が争うことなく砂ぼこりの舞う中を待っていた。 獣の毛皮を纏ったヨハネは、精悍な顔立ちにそぐわない、柔和な目で、澱んだ川水を、両手で掬っては、一人一人にかけていく。老婆も赤子も、幸福に満たされて、ヨハネを見上げた。 やがて一人の男がヨハネの前に立った。 「世界を救えるのは誰か」ヨハネは鋭く視線を向けた。言葉の先には背の高い、柔らかな表情の若者がいた。若者というには少し年齢が過ぎていた。しかし、遠くから旅してきたと思われる埃にまみれた衣も、力仕事で培われた隆々とした二の腕も、男の涼やかな顔立ちを損なわせず、若者の印象をもたせた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!