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かって天を二分する戦いがあった。反逆と呼ばれ、敗北に終わった天使は、再び飛び立つ時を待っている。
イエスが渓谷の岩場に座して、1ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。
強い日差しを浴びるにまかせ、瞑目し続けている。唇はカサカサに乾き、こけた頬は青白い顔を、いっそうきわだたせた。太陽が沈むと、日中とはうって変わり、急激に気温が下がる。
座り続けるイエスは微動だにしない。風に揺れる髪、規則正しく上下する呼吸のリズムのみが、時を刻むように動いている。
イエスの前には大きな黒犬が苛立たし気に歩き廻っていた。時には唸り声をあげて、イエスの注意を引きたいようである。
「大丈夫か!」
イエスが目を開けると、棒きれを持った若者が、黒い犬と対峙していた。若者に、全く動じることのない黒犬は、不遜な目でイエスを見つめた。
「風に揺れる葦よ。お前の居場所に戻るがいい」
イエスが口を開くと、黒犬は身を翻して去っていった。
「あんたは一体、こんな所で何をしてるんだ。追い剥ぎにでもあったのか」
若者は目を真ん丸にして尋ねた。
「ユダ」
イエスに名を呼ばれてユダは身構えた。「俺を知っているのか。あんたはシカリの者か」
「私はこの世には属していない」
「だけど痩せこけても生きてるんだろう。それともあんたは死ぬつもりか」
ユダは頬をひきつらせながら笑った。
「あんたはヨハネの弟子のようだな。あんたの先生は捕まっちまうぜ」 「時は近づいた。彼の先に御国を見る者もいる」 「レギオンは追い散らされ、栄光は取り戻されるってわけか」 「ユダ。誇り高く、慈悲深い男よ。いつか闇に閉ざされたと感じる時、お前の自尊心が滅びを囁く時、私の名を呼びなさい。私はいつでも許す」
「面白いラビ。その時はなんて呼べばいい」
「イエス。私は在る」
「先生イエス‥あなたは何処へ行くんだい?」
「私の時はまだ来ていない。父が働き続けているように、私もまた為すだろう」
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