11人が本棚に入れています
本棚に追加
出会い
住宅展示場で、私は、お客を案内していた。社会人となり二年目、私は、20歳になっていた。大学には行かず、高校を卒業して、とあるハウスメーカーの営業に就いた。大学に行けない学力では無かったが、義父母に経済的負担を与えたく無かったのが、その理由だ。義父母は、大学進学を薦めてくれたが、勉強が嫌いだと嘘を付き、断った。だが、弟は、進学させて欲しいと頼んだ。学費の一部は、自分が働いて支払うのを条件に…。義父母は、困惑したが、私は、自分の意思を貫いた。毎日、展示場に訪れるお客の案内、訪問営業が私の仕事だった。ノルマも当然あり、年間5棟の契約が必要であった。人生最大の買い物である住宅。その販売に携わるのは、大変でもあり、醍醐味でもあった。ただ、毎日が忙しく、仕事以外の生き甲斐を見出だせていなかった。ハウスメーカーの営業は、水曜日が休日で、友だちとも休みが合わず、少しずつ遊び相手も減った。何のために生きるのか…。
二年間、それなりに営業成果は、あげていた。全営業マンの中で、真中くらいの成績。私のこれまでの人生は、いつも真中くらいであった。学校の成績、スポーツ、人より秀でるものは、何一つ無かった。趣味といっても、これといって、熱中するものも無かった。ただ、子供の頃から、歌を歌うのが、好きだった。しかし、楽器も出来なければ、楽譜も読めない。打ち込める何かを探していた。それを仕事で誤魔化していた。季節の香りも感じること無く…。
いつものように展示場内にある事務所でお客が来るのを待っていた。窓から見える、見慣れた風景をただ眺めていた。先輩が、声をかけてきたことに気付かずいると、肩を叩き、『何ボケーとしてんだ。俺、客の所に行くから、あと宜しく。』と言って、そそくさと出かけた。時計に目をやる、10時だった。先輩は、平日に関しては、10時に出かけるのが日課である。住宅展示場に平日来るお客は、少ない。来てもはずれが多い。だから先輩は、パチンコ屋の開店時間にいなくなる。
最初のコメントを投稿しよう!