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愛奈は高校生になった。
しかし、睦月に対する嫌悪感は募っていくばかりだ。
そんな気持ちを持て余した愛奈は「お兄ちゃんはお父さんにとって特別だもんね」という言葉を口癖のように睦月にぶつけた。
その言葉は時に睦月を傷つけたし、愛奈の心にも深い傷を負わせ、苛立ちを積もらせていくだけだった。
狭い玄関は大人が三人もいればすぐにいっぱいになってしまう。
仕事に向かう睦月に良枝はいつもの笑顔で「いってらっしゃい、あなた」と見送った。
雅樹はクールで研ぎ澄まされた美貌に表情を付けずに「いってらしゃい」と事務的に告げる。
雅樹は年を重ねていけばいくほど自分の感情を表に出さなくなった。
そんな睦月と雅樹の間を割り込む様にして、愛奈が玄関に現れる。
「お兄ちゃん、おはよう」
笑顔さえ浮かべて雅樹に挨拶をした愛奈はあからさまに睦月に対して思いきり不機嫌な表情で存在を一切無視した。
睦月は愛奈に何か声を掛けなければいけないような気がして笑顔を作った。
「愛奈、気を付けて行ってきなさい」
「フン」
愛奈は睦月の顔を見ないようにして靴を履いた。
嫌い‼嫌い‼嫌い‼
そう叫びだしたい感情を押さえつけて家を出た愛奈はいつもと同じ道を通り、待ち合わせしていた友人の麻由とともにバスに乗った。
「またお父さんと喧嘩でもしたの?」
麻由の言葉に愛奈は「喧嘩なんて」と言い返した。
喧嘩なんかにならない。
愛奈はただ睦月を避けているだけだし、睦月もそんな愛奈に対して怒るでもない。
ただ困ったように愛奈を見ているだけだ。
こんな関係がもう五年も続いている。
何年経ってもこの関係は変わらないような気がする。
「愛奈のお父さんかっこいいし、優しいじゃない。私のうちのオヤジとは大違い」
麻由の言葉に愛奈は鼻で笑った。
「そう? あんなんでよかったら麻由にあげるわよ」
言いながら自分の口にした言葉に嫌悪する。
本当はこんな態度をとりたいわけじゃない。
睦月にどんな過去があるにせよ、愛奈にとっては世界でただ一人の父親である事に何ら変わらないのも心の中では分かっていた。
それでも今更この五年間培ってきてしまった心の殻をどう取り外していけばいいのか分からない。
本当に嫌いなのは自分自身。
いつまでも素直になれず、睦月に冷たく当たってしまう自分が嫌いだ。
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